地元民も知らなかった!?米沢牛の素晴らしさとは!?

米沢牛について

米沢牛

『米沢』という地名を聞くと、『米沢牛』や『南部鉄器』『上杉神社』を思い浮かべる人も多いと思います。

 

ここでは、牛肉のことを取り上げますが、米沢牛と聞くとやはり、最高級牛肉というイメージがあります。

 

 

そんな「米沢牛」は、屈指のブランド牛として全国的に評価されています。

 

理由は、山形の自然豊かな環境と、生産者たちのひたむきな生産努力との見事な調和から生まれてきています。

 

 

 

 

 

米沢牛(よねざわぎゅう)とは、山形県米沢市がある置賜地方の3市5町で肥育された黒毛和牛が、一定の基準を満たした場合に呼称される銘柄牛肉のことです。

 

米沢牛のお肉の特徴は、
なんといってもトロけるような霜降り肉と、赤身の美味しさです。

 

三大和牛の1つとされ、地域の特産品の一つになっているほどです。

 

米沢を観光で訪れた際に食べる人が多く、内陸や県外の人々にとっては、なかなか食べることができないブランド牛でもあります。

 

ですので、ネット通販でも人気があります。

 

 

米沢牛専門店 さかのネット通販・販売サイト

 

 

 

米沢牛のはじまりと、南部鉄器との関係

南部鉄器

 

米沢牛のはじまりは、江戸時代の1681(天和元)年、当時の米沢藩主が南部地方から牛を導入し、農耕、運搬、採肥を目的として飼育を奨励したことと言われています。

 

当時、東日本で牛を生産している地域は少なく、南部地方(現在の岩手県)が東日本最大の産地でした。(※置賜地域は明治以前から牛の飼育技術を持っていたものと考えられます。)

 

米沢牛は岩手県南部から、鉄とともにやってきました。

 

 

今では、伝統工芸品でかなり有名な南部鉄器ですが、その南部鉄器が有名になってゆく過程で、米沢牛も一役買っていたんですね。

 

 

当時、南部地方では鉄が産出していました。その鉄を牛方(うしかた・牛を専門に扱う人々)が南部牛の背に乗せて、越後三条の金物屋に売っていました。

 

北上山地の険しい山道を輸送するのには、馬よりも牛の方が荷物の積み下ろしに適しているので、便利でした。

 

特に、蒙古牛の系統を引き継いでいる南部牛は体高が低く、順応性があり、粗食に耐えることができ、寒暖にも強いという、メリットがたくさんありました。

 

そうして、仕事が終わった牛方たちは、背の荷が空になった牛を、米沢地方を通る越後街道沿いの村々に売っていきました。

 

そのような流れで、後に「米沢牛」となる牛は、米沢地方に定着し、牛たちは豊かな自然の中で育ち、厳しい四季の寒暖の中で人々と生活を共にし、じっくりと日本を代表する牛へと成長していきました。

 

 

 

 

米沢牛の定義

 

下に載っている条件をすべて満たした牛が、米沢牛と認定されます。

 

認定された米沢牛は、枝肉に証明印を押印し、トレーサビリティーの番号を表示した米沢牛の証明書が発行されます。

 

@山形県置賜地方3市5町(米沢市、南陽市、長井市、高畠町、川西町、飯豊町、白鷹町、小国町)に居住し、米沢牛銘柄推進協議会が認定した飼育者が、登録された牛舎での飼育期間が最も長いものとする。

 

A 肉牛の種類は、黒毛和種の未経産雌牛とする。

 

B米沢牛枝肉市場若しくは東京食肉中央卸売市場に上場されたもの又は米沢市食肉センターでと畜され、公益社団法人日本食肉格付協会の格付けを受けた枝肉とする。
  但し、米沢牛銘柄推進協議会長が認めた共進会、共励会又は研究会に地区を代表して出品したものも同等の扱いとする。また、輸出用は米沢牛銘柄推進協議会が認めたと畜場とする。

 

C生後32か月以上のもので社団法人日本格付協会で定める3等級以上の外観並びに肉質及び脂質が優れている枝肉とする。

 

D山形県の放射性物質全頭検査において放射性物質が「不検出」であるものとする。

 

※参照 ウィキペディア

 

 

 

 

米沢牛を広めていった英国人教師

 

 

米沢牛の美味しさに感動し、人々に広めていった一人の英国人教師の存在

 

 

米沢牛が広まったきっかけを語るうえで、米沢牛の歴史を語る上で忘れてはならない人物で後に恩人となる人物が、英国から教師として訪れます。

 

 

 

1871年(明治4年)に米沢藩は英国と条約を結び、上杉鷹山(うえすぎ・ようざん)が開校した興譲館(現在の米沢興譲館高等学校)に横浜に居留中の貿易商、チャールズ・ヘンリー・ダラス氏を英語教師として招きました。

 

当時米沢では四つ足の動物は食べないとされていましたが、故郷を懐かしんだダラスが横浜から一緒に連れてきたお抱えコックの万吉に牛肉を調理させ食べたのが食用としての米沢牛の始まりと言われています。

 

その牛肉のあまりのおいしさに感激したダラスは、任期を終え米沢を離れ横浜の居留地に戻る際に、牛を1頭、おみやげとして横浜に連れて帰りました。

 

そして仲間たちに振舞ったところ、その美味しさが大好評で、それがきっかけとなり米沢牛は全国に広まっていきました。

 

彼こそが、米沢牛を文明開化期の世に広く紹介してくれることになった重要人物の一人です。

 

 

 

 

 

 

 

あなたも知っている、上杉鷹山(うえすぎ・ようざん)

 

米沢藩 上杉鷹山

生涯を学問とし、十七歳で米澤藩主となってから、藩の繁栄と民のために尽力した
上杉鷹山の残した精神は、百余年たった今でもはっきりと、息づいています。

 

 

 

 

 

成せば成る 上杉鷹山

超有名な為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり 

 

どんなことでも、成し遂げようとする意志があれば、成就できる。成就できない人は、成し遂げようとする意志がないからだ。

 

※成ると為るの違いに注意です。
為す=行動をする
成す=達成 成就

 

 

 

 

米沢牛肉まつり とは?

米沢牛肉まつりは、日本3大和牛として誇り高い米沢牛を地元の人に再認識してもらおうと米沢市・JA農協等が主催して毎年開催しているおまつりのことです。

 

最高級の米沢牛を七輪で焼いて食べたり、すき焼きで楽しんだりできる、凄く贅沢な祭りです。

 

インターネットでもチケット購入可能で、県外の方でも米沢牛をリーズナブルにご賞味できるチャンスです。

 

お友達、ご家族、ご親戚、みんなそろって米沢牛を味わえます。

 

 

 

会場には、家族連れや職場のグループなど約1200人参加して、
備えられた七輪に米沢牛すき焼きの鍋を囲み楽しく味わいます。

 

チケットは、完全前売り制です。

 

 

 

Information

 

 

■名称
米沢牛肉まつり
■開催時期
毎年8月第1金曜日
■開催日
2018年8月3日(金)
〜 2018年8月3日(金)
■開催時間
開会:午後6時 閉会:午後8時
■開催地
米沢市松川河川敷
■お問合せ先
米沢市農林課
■電話番号
0238-22-5111
■FAX番号
0238-24-4541
■米沢牛肉祭りのホームページへ
米沢牛肉祭り
■料金
1セット(4人分)16,000円※税込:180セット
    (2人分)8000円※税込:100セット
■アクセス
米沢駅から徒歩10分